「つる」は、日本の名鳥「鶴(つる)」の名前の由来をめぐる滑稽な古典落語です。ご隠居のくだらない話を聞いた熊公が、それを周囲に得意げに話して回り、最後には思わぬオチで笑いを誘います。この記事では『つる』のあらすじをわかりやすく紹介し、オチに隠された笑いの仕掛けや見どころを解説します。
目次
落語「つる」のあらすじとオチを初心者向けに解説
ある日、熊公(くまさん)は友人であるご隠居を訪ねて暇を持て余し、室内に掛けられた美しい鶴の掛け軸を眺めていました。熊公は鶴の優雅さに感動し、ご隠居に「鶴は日本の名鳥と聞きますが、どうして名鳥になったのですか」と尋ねます。ご隠居は「鶴は日本の名木である松に似合うから名鳥といわれるのだよ」と冗談めかして答えますが、話題はすぐに「鶴は昔、首長鳥と呼ばれていた」という由来話に移ります。すると、ご隠居は中国から来た首長鳥のオスが浜辺で「ツーーー」と鳴き、メスが「ルーーー」と鳴いたところから「ツル」という名前になったという興味深い昔話を披露しました。
熊公はこのくだらない話を信じ込み、自慢げに近所の八五郎(八っつぁん)のところへ行って話し始めました。しかし熊公は繰り返し話すうちに話の要所を忘れてしまい、最終段階でオチをうまく語れなくなります。最後に熊公が「首長鳥のオスは『ツーーーーール』と鳴き、メスは……(あれ?なんて鳴いたんだっけ?)」と躊躇します。これは聞かれた八五郎から「全部聞いてたんだろ?」と突っ込まれ、再度熊公はご隠居のもとへ戻って確証を得ます。再び八五郎の前に戻った熊公は「ああ、オスが『ツーーーーール』と鳴いて、メスが……あー、忘れた」とまた忘れてしまい、とうとう「メスが黙って来たんだよ」と締めくくるのでした。
この噺のオチは、いわゆる「ボケとツッコミ」の構造を利用したもので、熊公が締めのセリフを覚えられずにぐずぐずしてしまう点に笑いがあります。実は元の話では、オスが「ツーーー」と鳴き、メスが「ルーーー」と鳴いたから「ツル」になったというくだりですが、その覚え方が難しく、熊公が何度も話を伝えきれない様子が面白いのです。最終的に不完全な状態で「ツル」になってしまったのが滑稽で、このやりとりが高座の笑いを誘います。
落語「つる」の登場人物と舞台設定

熊公はこの話の語り手となる男で、のんびり屋でちょっとおしゃべり好きな人物です。隠居の話をすぐに信じて得意になってしまい、事実を確認しないまま八五郎に語りかけます。コミカルな展開では熊公の能天気さや記憶力の怪しい様子が笑いを生み、全体の引っ張り役として物語を動かします。
ご隠居は熊公の友人で、年配の賢人です。鶴の話になると得意げに知識を披露しますが、「昔は首長鳥と言っていた」など屁理屈まじりの話をするうちに、どんどんその話が大袈裟になっていきます。最終的にはその場のネタとして語られるため、熊公をだます気持ちはなくともユーモアあふれる語り口で笑いを誘います。
八五郎(はちごろう、通称「八っつぁん」)は熊公の友人で、この噺では聞き手役になります。最初は熊公の長話に迷惑顔で冷めていますが、熊公が繰り返し話しかけるうちに「さっさと結論を言え」「前に何て言ってたか思い出せ」とツッコミ役として場を盛り上げます。聴衆目線で熊公に代わって突っ込み、笑いを取る役割を果たします。
物語は熊公とご隠居が室内で会話をする場面から始まります。掛け軸の鶴は日本人に馴染み深いモチーフであり、室内のしつらえも(長寿や吉兆を意味する)松竹梅や花札に出てくる鶴と深い縁があります。このように、舞台装置として鶴の絵が登場することで「鶴=名鳥」というテーマが自然に浮かび上がる舞台背景になっています。
落語「つる」の魅力と見どころ
『つる』は、いわゆる「忘れ物ネタ」の典型です。熊公が何度も話の要所を忘れるたびに、話のオチにつながる会話がどんどんずれていきます。このコミカルなすれ違いこそが笑いを生む仕掛けで、聞き手は「どうやって話を締めるのか」と興味津々になります。途中でご隠居に何度も確認する場面や、八五郎の「全部聞いてたんだろ?」というツッコミをくり返す場面も、クスッと笑えるハプニングとして描かれています。
上方落語の特徴である間の取り方とテンポも、この噺のおもしろさに一役買っています。熊公とご隠居が息の合った掛け合いで早口に話す場面や、熊公が言葉に詰まって間を置く絶妙なタイミングは、聴衆の笑いを誘います。特にサゲ前の間(ま)を大きく取ることで、「さあ、何と言ったのか?」と観客の期待感を高め、オチへの演出が引き立ちます。
この一席には落語の基本要素が詰まっており、名人から「落語のエッセンス」と評されることもあります。短い噺の中で早口の掛け合い、ボケとツッコミ、間の取り方など会話のリズムが巧みに組み込まれています。そのため、この噺を上手に演じられれば、滑稽噺の基礎がしっかりできている証と言えるでしょう。
鶴(つる)の名前と文化的背景
「首長鳥(くびながどり)」は、漢字通り首の長い鳥という意味で、古代から鶴を指す言葉でした。『万葉集』や歴史書にも鶴は首長鳥と書かれており、「鶴」という単語が出てくるのは江戸時代以降とされています。当時の日本人にとって、首が長い白い鳥=鶴という認識だったため、後にその特徴をそのまま日本語に取り入れて呼び名としたのです。
落語の会話でも触れられているように、鶴は古来より日本人にとって尊ばれる鳥です。その美しさから「日本の名鳥」と称され、長寿や幸福の象徴とされてきました。また、花札や扇絵など伝統工芸では、松と並んで鶴の絵柄がよく用いられます。こうした文化的背景が、「鶴は松に似合う」「国の象徴」といった話のネタになっているのです。
文化的には、鶴は吉兆や長寿の象徴として多くの芸術作品に登場します。たとえば、花札の「松に鶴」の柄は正月の演目として有名ですし、古典文学にも鶴を題材にした話が散見されます。落語『つる』ではこうした「鶴=縁起物」というイメージを利用しつつ、ダジャレのような解釈で笑いに転じる点が興味深いといえます。
落語「つる」のおすすめ演者と視聴方法
現代でも『つる』は愛好家の多い落語演目で、桂歌丸や桂米朝などによる高座で披露されたことで知られています。特に桂歌丸師匠は得意ネタの一つとして長年演じ続けており、自身の落語会やテレビ・ラジオ番組で何度も披露しました。上方落語では桂文我、桂米朝、桂米團治といった名人たちも『つる』を演じており、彼らの名演を録音や映像で聴くことができます。
『つる』はCDやネット配信でも多くの演目が収録されており、自宅で手軽に聴くことができます。落語会の音源CDに含まれるほか、NHKラジオの音源や動画配信サービスにも名演が残っています。たとえば、桂歌丸による『つる』はオーディオブック版やNHKアーカイブなどで入手可能で、好きなときに何度でも再生して楽しめます。
寄席や落語会でも『つる』がかかることがあります。特に桂歌丸一門や上方落語の公演では演目に選ばれることがあるため、演芸スケジュールをチェックしてみるとよいでしょう。また、桂歌丸師匠の追善興行や落語特選会など特別な舞台ではベテランの芸人が披露することもあります。生の高座で『つる』を聴いて、落語の笑いを直に味わってみてください。
まとめ
以上、落語『つる』のあらすじとオチをご紹介しました。首長鳥から鶴への名前の由来を笑い話にしたこの噺は、熊公の忘れん坊ぶりとテンポよい掛け合いで笑いを誘います。初心者の方も、この記事でストーリーの流れやオチの内容を押さえれば、一層楽しめるでしょう。機会があれば落語会や音源で名演を聴き、古典落語の奥深い魅力を味わってみてください。
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