「地獄八景亡者戯」は、起承転結のないナンセンスな笑いが満載の長編落語です。鯖の毒で亡くなった老人・喜六があの世へ旅立ち、散歩中に出会う知人とともに閻魔大王のもとへ向かいます。やがて医者・山伏・軽業師・歯ぬき師の4人組が裁かれ、地獄で次々と難題に挑戦。終盤に飛び出す「閻魔大王(だいおう)と大黄のダジャレ」という衝撃のオチで物語は幕を閉じます。
また、本作は上方落語を代表する怪作で、長い尺の中で演者が現代ネタやアドリブを自由に織り交ぜる点も魅力です。以下で物語の詳細な流れと、オチの意味を順に解説していきます。
目次
地獄八景亡者戯のあらすじとオチ徹底解説
「地獄八景亡者戯」は、冥界(あの世)を舞台にした一風変わった長編落語です。あらすじは、亡者たちが閻魔大王の裁きを受け地獄に落とされるも、持ち前の知恵で次々と難題を乗り越えていく物語。終盤では「閻魔大王(だいおう)」と下剤「大黄(だいおう)」をかけた痛快なダジャレがオチとなります。本章では喜六たちの冥土(めいど)での旅から地獄で繰り広げられた出来事を順に解説し、最後のオチの意味を明らかにします。
冥界への旅立ち:鯖に当たった喜六
最初に亡者となるのは、和裁師の隠居に仕えていた老人・喜六(きろく)です。ある日、好物のサバの刺身を食べて腹を壊し、そこで急死してしまいます。気がつくと薄暗い冥途の道を歩いており、いつの間にかこの世から見覚えのない「あの世」に迷い込んでいました。朦朧(もうろう)とする喜六の前に、かつての知り合いである「伊勢屋の隠居」が現れます。隠居は以前の葬式でお世話になった礼を言いつつ、「お前、棺桶のすき間から覗いてたな」などと茶々を入れます。喜六は自分が死んだことを悟ると「サバに当たったのかな」とおどけてしまいました。
喜六は隠居に導かれ、閻魔大王のもとで裁きを受けることになります。その道中、隠居は「あの世では生前に良いことをしていた者は極楽へ、悪いことをしていた者は地獄へ行く」と説明します。喜六は「ああ、それなら悪いことはしてません」と言いつつも、葬式で香典からお金を間違って多く取ったというエピソードを披露して笑いを誘います。こうして冥界を旅しながら二人が話を続けていると、にぎやかな雰囲気の一団が近づいてきます。
閻魔大王のお裁きと若旦那一行
その場に現れたのは若旦那と豪勢な仲間たちの一行です。若旦那は大金持ちで、人生の遊びを極め尽くした結果、「あの世旅行に行こう」と芸者や太鼓持ちらを引き連れ、河豚(ふぐ)の肝を食べて集団自殺した晴れやかな連中でした。彼らは自ら「あの世ツアー」と称し、冥土の旅を満喫している陽気な面々です。喜六と隠居は彼らと合流し、共に三途の川へ向かいます。
三途の川の手前に建つ茶店では、かつて亡者の衣服を剥ぎ取ると言われた老婆(奪衣婆)が登場しますが、そこでは面白い話が聞けます。茶店の老婆は「戦争後に所作が廃れて失業し、閻魔大王の愛人になった」などと現代ネタ交じりの半生話を披露し、冥界にも新聞やテレビがあるかのような笑いを誘います。このやりとりを経て亡者は全員、青鬼が漕ぐ渡し船に乗り込みます。水先案内の青鬼は、死因に応じたダジャレで渡し賃を決め、若旦那一行には「フグの毒で死んだから四苦八苦×十倍=千八十円」といった軽妙な料金を請求します。
対岸に渡ると、そこは冥途筋(あの世の繁華街)です。幽界のショッピングや寄席でしばらく楽しんだ後、いよいよ閻魔庁(閻魔大王の裁きの場)へ向かいます。閻魔大王はこの日は先代大王(初代閻魔)の千年忌(せんねんき)にあたるため、一芸のある者は極楽行きにすると大サービスを宣言。亡者たちは慌てて芸を披露しますが、ほとんどは与太話ばかりで閻魔は怒り心頭。結局、審査で呼び出されたのは喜六たちや若旦那一行ではなく、医者・山伏・軽業師・歯抜き師の四人組だけでした。そしてこの四人は、過去の悪行が問題視されて地獄行きが言い渡されることになります。
地獄の試練:専門技で難局をクリア
四人の職人(医者、山伏、軽業師、歯抜き師)は、地獄へ落とされて恐ろしい責め苦にさらされます。まず閻魔大王は熱湯の釜茹でに処そうとしますが、山伏が印を結ぶと煮えたぎる熱湯が温泉並みにぬるい湯(五右衛門風呂)に変わります。釜の中から全員で温泉気分を味わい、「まさか温泉レベルかい!」というギャグで観客を沸かせます。さらに針の山では、身軽な軽業師が飛び跳ねて頂上まで達し、次々に針を折ってしまって突破します。針山の上で軽業師が「東西東西~」と見得を切り、周囲の亡者や鬼も拍手喝采というシーンは上方落語ならではの大見得(おおみえ)です。
大王が怒って「人喰鬼(ひとのみおに)」を呼び出すと、歯抜き師は「虫歯だらけで食い殺されたら困る」と言って鬼の歯を抜きまくります。うまい口実で大事な歯を抜かれた人喰鬼は、歯がないまま四人を丸呑みにしてしまいます。鬼の体内では医者が活躍します。腹の中には臓器につながる紐や腑(ふ)がぶらさがっていて、医者が「ここを引っ張れ」と指示すると鬼はくしゃみや腹痛、笑い(声帯)やおならといった反応を起こします。四人は鬼の腹で暴れ、中から出そうとする鬼を近くの便所へ追い詰めます。
人喰鬼との攻防戦
絶体絶命となった人喰鬼は「これ以上はどうにもならん!大王様、ワシを飲み込んで下してしまおう」と閻魔大王に泣きつきます。追い詰められた鬼が最後の手段として提案すると、大王は「わしを飲んでどうするというのだ」の疑問の声。すると四人の歯抜き師が鬼に間近で「虫歯があるから抜いてやる」と迫り、鬼の歯をすべて抜き去ってしまいます。歯のない鬼はついに「大王様を飲まなしゃあない!」と叫びますが、すかさず歯抜き師は「あんた、噛む前に歯抜かれてるやんけ!」と返して会場を沸かせます。
鬼が降参し、「それじゃ大王(だいおう)を飲んで下してしまうわ!」と続けた言葉がオチになります。「大王」は閻魔大王の敬称ですが、音が同じ「大黄(だいおう)」は下剤の漢方薬。鬼は「大黄を飲めば便通が良くなる(=大王を飲む)」というダジャレを呟き、大笑い。巨大な人喰鬼は大王を丸呑みすると便所で吹っ飛び、大量の排泄で四人を体外へ押し出します。こうして四人は無傷で地獄の罰から解放され、物語は大笑いのオチで幕を下ろすのです。
落語「地獄八景亡者戯」とは?作品の概要と見どころ

「地獄八景亡者戯」は上方落語における代表的な長編ネタです。その特徴は約1時間以上にも及ぶ長大な尺と、場面展開の自由度の高さによるシュールな笑いにあります。この噺は元々江戸時代末期に成立し、東京では「地獄めぐり」として演じられていました。戦後になると三代目桂米朝が「若旦那の冥途(あの世)道中」として復活・演出し、二代目桂枝雀がさらに派手な演出を加えて舞台化。現代でも宝塚歌劇や劇場公演で上演されるなど幅広い世代に愛されている怪作です。
本作では、ナンセンスな笑いを生かすために演者に大きな自由度が与えられます。実際、米朝師匠は新聞記事や流行語を巧みに取り入れて時代ネタを注入し、客席を沸かせました。客演の桂枝雀は身振り手振りを交えた表現を取り入れ、特にフィナーレのクライマックスシーンでは満場の笑いを誘ったと伝えられます。古典落語ながら現代風の演出もしばしば行われ、スマホやSNS、社会問題を下ネタやギャグに変える演目も登場しました。革新的な構成と自由な表現力がこの作品の大きな見どころです。
| 江戸落語版 | 上方落語版 |
|---|---|
| 「地獄めぐり」として簡潔にまとめられることが多い | 「地獄八景亡者戯」としてエピソードが詳細で長尺 |
| 人喰鬼などの設定は省略される場合がある | 人呑鬼が登場し、4人の知恵比べが見せ場になる |
| 閻魔の裁きはシンプルな設定 | 千年忌のお情け設定など複雑な前置きがある |
地獄八景亡者戯の登場人物と役割
本作には多くの個性的な登場人物が登場します。まず主人公格である喜六(きろく)はサバに当たって死んだ近所の老人で、物語開始直後に「伊勢屋の隠居」という旧友と冥界で再会します。二人は冥途(めいど)を共に旅しながら閻魔大王の裁きを受けに向かいます。
若旦那とその仲間たちは、大富豪で贅沢な遊びを極めた一行です。彼らは河豚の肝を食べて集団自殺し、自ら「あの世旅行のツアー客」と称して冥界にやってきました。若旦那一行は序盤に陽気な登場をし、物語に賑わいを与えます。
地獄編では、医者・山伏・軽業師・歯抜き師の4人組が中心となります。いずれも生前にちゃっかり稼いだり危険な見世物をさせていた巡業者で、閻魔大王からは「悪行が多い」と指摘され地獄行きとなりました。地獄に落ちた後はそれぞれが専門技を発揮し、釜茹でや針の山など苛烈な責め苦を次々に切り抜けていきます。
そしてもちろん、閻魔大王は裁きを執る冥界の支配者として登場します。閻魔大王の指示で人喰鬼(人呑鬼)や青鬼の船頭など鬼たちも登場し、亡者たちを責め苦にあわせます。これらの人物たちのやりとりが、馬鹿馬鹿しい笑いの源泉となっているのです。
地獄八景亡者戯の見どころ・魅力
本作の見どころは、とにかく驚きと笑いにあふれた演出です。地獄に落ちたはずの者たちが釜茹でや針山で逆手に術を使って生き延びる痛快さ、そして冒頭から終盤まで駄洒落が連打する軽妙な語り口が魅力です。特に最後のオチは一見下品なネタを高度な言葉遊びでまとめ、観客を大爆笑させる完成度の高さがあります。
また、演者の自由度が高い演目にも注目です。時事ネタや現代的なアドリブを誰でも入れられるため、戦後の米朝師匠は新聞記事や社会的な話題を巧みに組み込みました。近年の上演ではスマホや公害、流行語といった現代ネタが舞台に飛び出し、原作が書かれた時代を越えた笑いになっています。このように、時代に応じた笑いのスパイスが作品を色鮮やかにしています。
さらに、本作は漫画・アニメ・舞台など多くのメディアで引用されるほど影響力の大きな傑作です。上方版と江戸版の違いはあれど、最後の「閻魔大王(だいおう)」と「大黄(だいおう:下剤)」のダジャレオチだけはどんな脚色でも共通です。古典落語として完成度の高い言葉遊びは現代人にも笑いを誘い、時代を超えて多くのファンを魅了し続けています。
まとめ
落語「地獄八景亡者戯」は、冥界をユーモラスに描いた長編落語の名作です。冥土を行く喜六や仲間たちが、釜茹でや針の山といった地獄の難題を職人技で次々と切り抜ける痛快な展開と、物語の最後に明かされる「閻魔大王(だいおう)」と「大黄(だいおう)」の挂詞ダジャレオチが強烈な印象を残します。ここで紹介したあらすじ解説と結末の意味を参考に、ぜひ笑いと奇想天外さに溢れた物語を味わってみてください。
コメント